勝利さんの相談
<登場人物>
相談者:勝利(しょうり)さん(仮名)(80)
息子:高史(たかし)さん(仮名)(48)
私も年を取ったので、死んだ後の財産について考えるようになりました。
私は、戦前の生まれです。
両親は空襲で死んでしまい、戦後孤児院で世話をしてもらいました。
食べ物も十分に供給が無い中、幼い私を育ててくれた孤児院にはとても感謝しています。
私が育った孤児院は現在、児童養護施設になっているようです。
社会福祉法人となって、名称も変わりましたが、現在も運営しているのは、私が子どものころにお世話になった院長のお孫さんだそうです。
感謝の気持ちを込めて、私の死んだ後、火葬費等最低限、葬儀に必要なもの以外の財産はすべてその児童養護施設に寄付しようと思っています。
そこで質問です。遺言書で遺産の全部をその施設に寄付すると残しておけば、ちゃんと寄付されるのでしょうか?
妻はすでに他界しておりますが、私には20年以上疎遠となっている息子の高史がいます。
高史とは、彼の結婚式以来一度も会っていませんので、親子の縁は切れたようなものだと思っています。
そんな関係なので、高史には財産を残すつもりはありません。
それに、高史も私から遺産を貰おうなんて思っても無いと思います。
遺言書どおりにするには、どうすればいいのか教えてほしいです。
弁護士の見解
今回の相談者である勝利さんは、葬儀に必要な費用以外は、指定した児童養護施設に寄付したいとのことですが、こちらは遺言書に書き残しておけば、有効となります。
遺言の内容を履行してほしいのならば、遺言執行者の選任も行っておくべきでしょう。
遺言執行者とは、亡くなった遺言者に代わり、遺言書の内容を執行してくれる役目のことを言います。
ただし、今回の遺言書の内容を書き残した場合、勝利さんの死後、息子の高史さんが寄付先の児童養護施設に対し、遺留分の侵害請求をしてくる可能性があります。
遺留分とは、被相続人(亡くなったひとのこと)の配偶者、子ども、両親等(※)に保障されている最低限度の遺産の取り分のことです。
※子どもが死亡している場合は孫、父母が死亡し、祖父母が存命の場合は、祖父母等にも保障されるケースがあります。
今回の場合、勝利さんの推定相続人は、息子の高史さん1人です。
したがって、遺留分は遺産総額の2分の1となります。
仮に勝利さんの遺産の総額が4,000万円だった場合、2,000万円が最低限度の取り分です。
勝利さんが、児童養護施設に遺産の全額を寄付し、かつ高史さんがそれに不満を持った場合、高史さんと児童養護施設で遺留分をめぐる争いに発展する可能性があります。
遺留分の権利は、たとえ遺言書を残したとしても、侵害することのできない相続人の権利となります。
したがって、勝利さんが生前に高史さんと話し合い、勝利さんの遺産の相続を放棄すると約束し、書面に残したとしても、その約束には法的な効力はありません。
したがって、今回のケースの対処法としては次のようなものが考えられます。
- 遺留分を考慮して寄付金を変更する
- 相続人廃除の申立てをしてみる
- 遺留分放棄の許可の申立てを高史さんが行う
1.遺留分を考慮して寄付金を変更する
高史さんの遺留分は、勝利さんの遺産の総額、2分の1ですので、その範囲を超えなければ、寄付先の児童養護施設に遺留分侵害請求を申し立てられることはありません。
したがって、ご自身の財産の総額を計算したうえで、遺留分の範囲を超えないように寄付金の見直しを行うと良いでしょう。
2.相続人廃除の申立てをしてみる
法律上の親子関係は、絶縁や勘当をしたとしても、その関係が切れるわけではありません。
ただし、家庭裁判所に相続人廃除を申立てて、承認された場合は、その相続人の相続権をはく奪することができます。
しかし前述の通り、相続人廃除は、相続人の資格を奪う制度です。
したがって、審理する家庭裁判所もその判断を慎重に行います。
また、相続人廃除は、単にその相続人が嫌いだからといった理由では認められず、当該相続人から虐待や重大な侮辱等を受けたひとが対象となります。
今回の勝利さんの場合、高史さんと疎遠になった原因が、虐待や重大な侮辱等であるならば、相続人廃除が認められる可能性はあるでしょう。
疎遠になった理由が取り立ててない場合には、相続人の資格をはく奪することはできません。
3.遺留分放棄の許可の申立てを高史さんが行う
遺留分を放棄してもらうには、遺留分放棄の許可の申立てを高史さんにしてもらう必要があります。
申立先は、被相続人の住所地を管轄する裁判所なので、今回の場合、勝利さんの住所地を管轄する裁判所に申立てをすることが必要です。
勝利さんが、勝手に申し立てて認められるものではないので、高史さんと遺産について話し合い、遺留分の権利を放棄することを了承してもらう必要があります。
相続人廃除は廃除する相当な理由がないと認められず、また遺留分放棄の許可を得るには高史さんの協力は必須です。
したがって、廃除できる理由がない時や高史さんとコミュニケーションを取れる状況でないのならば、寄付金の金額の見直しを考えることが、死後の争い等を避けるための有効な手段だと考えられます。
遺言書以外の方法で児童養護施設に寄付する方法とは?
ここまでは、遺言書を前提とした対処法について考えてきました。
公益法人の寄付と考えると、遺言を前提として考えがちですが、遺言書以外にも下記のような対処法があります。
- 生前贈与・死因贈与を利用する
- 死亡保険金(生命保険)を利用する
それぞれどのようなことなのか解説していきたいと思います。
生前贈与・死因贈与を利用する
遺言以外の寄付の方法として、生前贈与や死因贈与の利用を検討しましょう。
遺贈と生前贈与や死因贈与の違いは次のような点になります。
■遺言書による遺贈
遺贈は、贈与を受ける側の意思関係なく、遺言者の意思によって金銭等の財産を贈ることを指します。
■生前贈与・死因贈与
贈与する側と贈与を受ける側が贈与契約を結ぶことによって、金銭等の財産を贈ることを指します。
生前贈与は言葉の通り、贈与する側が存命中に贈与することです。
一方で、死因贈与は、生前に「贈与する側が死亡したタイミングで財産を贈与する」という贈与契約を結んでおき、死亡後に贈与契約の効力が発生することを指します。
生前贈与や死因贈与を死亡前1年より前に契約を結んでおけば、原則として遺留分減殺請求の対象にならないとされています。
このことは民法1044条にも以下のように記載されています。
第千四十四条 贈与は、相続開始前の一年間にしたものに限り、前条の規定によりその価額を算入する。当事者双方が遺留分権利者に損害を加えることを知って贈与をしたときは、一年前の日より前にしたものについても、同様とする。
今回の勝利さんが養護施設に生前贈与もしくは、死因贈与を亡くなる1年より前に契約を結んでおけば、遺留分の対象とはなりません。
但し、上記の条文にもあるように、贈与契約を結ぶ双方に、遺留分権利者に損害を加えることの認識がある場合、1年より前の贈与でも、遺留分の対象となる可能性が高いです。
例えば、今回のケースですと、養護施設の方が、勝利さんに子どもがいることを把握していて、勝利さんの財産全額を寄付してもらうといった場合が考えられます。
この他にも、「遺留分権利者に損害を加える」ことに該当する場合があるので、ご不安を抱えているのであれば、弁護士に相談した方が良いでしょう。
死亡保険金(生命保険)を利用する
遺言書以外の寄付の方法として死亡保険金(生命保険)の受取人を養護施設にする方法が考えられます。
死亡保険金は、遺産にカウントされないので、遺留分の対象とはなりません。
したがって、保険会社に相談のうえ、検討してみるのも良いかもしれません。
ただし、新規で加入する場合には、年齢を理由に高額な死亡保険金を設定できない可能性もありますのでご注意ください。
まずは息子の高史さんと話し合いを行うべき
今回、遺言書を利用する方法、遺言書を利用しないで寄付する対応を考えてきました。
実際には遺留分減殺請求をすればいいという認識で、遺留分に配慮しない遺言を書いた場合,遺産の範囲も含めて争いになることも多々あります。
したがって、今回の勝利さんの場合、最も適切なのは、やはり、息子の高史さんと話し合いを行っておくべきだと考えられます。
勝利さんも、高史さんがご自身の遺産を貰おうとは思っていないと認識されていらっしゃると思いますので、生前にきちんと寄付したい理由など、推定相続人(高史さん)との間で、話し合いをしておくことが大切かと思います。
この記事の監修者は…
【弁護士】谷村庄市/星原直子/根本寛子
【所属】札幌弁護士会
【一言】谷村・星原法律事務所では、3人のバラエティ豊かな弁護士が皆様のお悩みを真摯に対応し、解決に尽力します。
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